誠実な書体

パソコンを使えばロゴを作るのは簡単。素人をちょろまかす程度ならば誰でも文字を作れる今、田舎町でたまに見かける手垢の残る看板に誠実さを感じるのであった。
AICS3
仕事も一段落。いよいよLeopardインストール!
でもってIllustrator CS3にアップグレード!
CS2にアップグレードして1年も経ってないけどしょうがない。
ぼくがデザイナーやってたのはアナログからデジタルへ移行する過渡期で、よく使ってたデジタル機器は見積り作るときのワープロと電卓ぐらい(デジタル機器て)。もちろん実作業もなんでもかんでもオペレーターや写植屋まかせじゃないので、三角定規とカッターとピンセットを使わせたら今でも上手いはず。あとロットリングとか。今や何の役にも立たないけど。
結局辞めるまで、Mac使いに頼むことはあっても自分で使う気はなかった。というか、あの頃は自分でやるより頼んだほうが効率よかった。
でも、Adobe illustratorには切った貼ったのアナログ時代の作業感覚の匂いが残ってて、それが仕事を離れたとき趣味として使ってみたくなった理由だ。
最近はアマチュアでもペンタブレット使う人も多くて(これがまた上手いんだ)、イラスト=ペイント系ソフト(フォトショップとか)な感じがあるけど、当分は「イラストレーター」と冠つけたこのソフトを、いちイラストレーターとして愛していこうと思います。
いや、ぼくはイラストレーターじゃないですけど。
錆びた壁
マシーンアートを理解するには、その時代背景の理解が欠かせない。デュシャンの概念を引用し、後に60年代ポップアートに繋がるのだと思うけど。
でもこれって日本古来の思想、八百万の神(多神信仰)と似てるような気がしなくもない。他人から見たらどうでもいいものもイコン(崇拝の対象物)としてしまうような。イギリスでポップアートが生まれたのもケルトと無関係ではないかも。日本のフィギュア文化もね。
今につながる時間を生き延びてきたとき、もともとの存在理由はどうでもよくなって、そのものが意志を持ってるかのごとく心ひかれることがある。逆に言えば、どうでもいい無価値なものも時間に晒され耐え生き延びれば、何かしらの特別な存在意味を持つと思うのです。
残念ながら経済(世の中)の時間軸と個人の主観的な時間軸は大きくズレてたりするので、どの瞬間に意味を持つのかはわからないけれど。
FREITAG
使いまくりでだいぶボロボロ。(もとからボロだけど)
はじめて見たのは5年くらい前の雑誌だったか。
ちょうどグラフィックデザイナーのオリジナルプロダクトみたいのが流行ってて、そんな流れでデザイン誌だかrelaxあたりだかに載ってたような気がする。上っ面だけのものが多い中、使い古されたトラックの幌・シートベルト・自転車のチューブで仕立てられたFREITAG製品にやっぱ外人スゲーなと。
無価値なものを価値あるものに転換する手法こそデュシャン直系ポップアートの真髄だと思っているぼくに、リサイクルなんて売り文句はどうでもいいぐらいで。(リサイクルがどうでもいいわけじゃないけど)
毎日このバッグに無価値なものを詰め込んでいる。
