Tシャツ制作の思い出 2001-2011

  • Wednesday, March 2, 2011

2001年に作り始めたTシャツですが、カートASPサービスの契約期限がきたので一旦終了。10年間、長い間のご愛顧ありがとうございました。あらためてお礼申し上げます。 新しいデザインをここ数年作ってなかったので実質終わってるようなものでしたが…。カートASPサービス契約期限も忘れてた有様でお恥ずかしい。

せっかくなのでちょっと振り返ってみようと思いまして、つらつらと。

売り始めたのはWebサイトの広告料で元手が出来たのがきっかけでした。
今なら無地Tシャツ一枚200円とかであるけど、当時は個人が少量買う程度だと1,000円以上が普通で、anvilなど名の通ったメーカーの物は2,000円とかしてました。加えて50枚以下の少量シルク印刷はとんでもなく高かった。クリエイターなら自腹切っても経費感覚でいいかもですが、クリエイティブを生業にしていない自分は自腹切っても無意味……でも作ってみたい!

まだGoogle Adsもなかった20世紀末。幸いポストカードDLサイトがそれなりのアクセス数になっていた。当時最大手だったネット広告代理店バリュークリックの審査に通り、実際広告入れてみるもなんかこう格好悪い。当時の感覚ではデザイン系サイトに広告入れること自体がダメサイト的な雰囲気もあったけど、アマチュアなのでそこらへんは割り切ってましたが、他がやってないぶん見慣れてないせいか、どうしてもしっくりこない。
入れたり外したりと試行錯誤の繰り返しで、サイトのイメージを損なうリスクの割に収益は大したことなかった。
そんな時ある会社から直接広告掲載の依頼が。それまでも細々とした依頼はあったけど、この時は契約期間半年更新の固定報酬プラス成果ということだったので契約してみた。これならバナー広告で見た目が格好悪くなっても最低報酬が確保されるので、それをコンテンツに還元すればいいだろうと。 その何十万かを元手にTシャツを作り始めたのがきっかけです。
INDIVIDUAL LOCKERを一年間コンスタントにサイト更新したのは後にも先にもこの時だけかもしれない。

いろんなメーカーのTシャツを取り寄せましたが、やはりanvilのカラーバリエーションと素材感が好きで (当時はホンジュラス縫製)、でも少量だと高い。単価下げるために60cm真四角のドでかいダンボール二箱分のTシャツを大人買い。売れなかったらパジャマか作業着にすればいいかと言い聞かせつつ。
最初は好奇心もあってアマチュア機材買い込んで自分でシルクの手刷りしてたけど、Tシャツ展やリアル店舗での委託販売などの話をいただくようになると、コスト的にも品質的にも売れるデザインはすぐに外注に切り替えた。おかげでダンボール二箱分のTシャツは作業着に使うことなくすぐに無くなってくれた。
東京はすでにインディーズTシャツブームが一段落していたので、ちょうど福岡にワンテンポ遅れてブームがきていた感じでしたね。
余談ですが、中古印刷機材販売サイトに業務用シルクスクリーン印刷機が出てて30万という破格値に心動いたけど、重量が300kgぐらいあったのでやめた。やめててよかった。

2005年。ちょうど安価なカートASPサービス/Color me shop! Proが登場したころで、決済・管理・発送の簡便化のためにクロネコ@ペイメントと契約しクレジット決済導入。今は個人でも簡単に契約できるのかもですが、このころは販売実績やサイトの運営実績など細かい審査がありました。法人ならすぐに通ると思いますが。
でもカートASPサービスにして面白かったのは仕組みや固有タグを覚える使い始めのころだけで、もろもろの雑務は楽になったはずなのに気持ちは離れゆくばかり……。

そうだ店やりたいんじゃなくてTシャツ作りたいんだった!たくさん作りたいんじゃなくて自分で手刷りするのが楽しかったんじゃないか!と気付いたころには時すでに遅し。好奇心は限りなくゼロになっていたのでした。
最初はTEE STOREなんて名称じゃなく『wearable communication』だったんです。すっかり忘れてたよ!

今はTシャツなんて誰でも簡単に作れる。作り手が何のリスクも負わないで作れる。
すごく売れたデザイン、10枚程度しか売れなかったデザイン。多少のリスクを負いながら作ってきたTシャツデザインの余生をどういう形で過ごさせようかと思いながらフォルダの奥深く眠っているのでありました。

© KOJI KOMIYA.