節分悲恋物語

  • Sunday, February 3, 2002

2/3は節分らしい。そう「らしい」んです。すっかり忘れちゃってるこのイベント。同じく日本ではすっかり忘れ去られた、節分のもととなった中国に伝わる悲しい恋物語を知ってますか?

鬼は外、福は内。
明の時代。国都北京に築かれた紫禁城での出来事です。
とある村に器量も容姿も優れ、まるで天女のようだと噂される娘がいました。
強大な力を誇った時の皇帝がその噂を聞きつけ、妾として迎えいれようとしたことは当然の成りゆきでした。しかしその娘には恋人がいました。お茶の行商をやっている男です。当時、お茶は金銀と列せられるほど高価なもので、彼は娘との将来のために方々を旅しながら一生懸命働いていたのです。

ある日、長い月日の行商から帰った男は、村びとの顔々を見て娘の身に何かがあったと察しました。男は売り物のお茶を背に紫禁城へと走りました。大変な苦労の末、そのお茶を皇帝への貢ぎ物と嘘をつき謁見をとりつけることができました。

皇帝の前に「つづら」いっぱいのお茶を差し出し、村娘を返してくれるよう懇願しました。男の願いは受け入れられるはずもありませんでした。しかし皇帝は涙ながらに訴える男にわずかながらの憐れみをかけるのです。
「男よ。宦官となって仕えるなら会うことも叶おうぞ。」
宦官(かんがん)とは皇帝以外に唯一紫禁城で生活することのできる者で、男性生殖器を切り取れらた側近達のことだったのです。

男は悩みました。幾日も幾日も。
そして皇帝への返答の日。。。
「宦官となることは出来ません。彼女が皇帝様の元で幸せであるならば私も幸せです。ただ一目、ただ一度だけ会わせてください。」
気まぐれな皇帝は特別に許し、兵に連れられ娘の住む奥へと通されました。
「言葉をかわすことはかなわぬ。」
男は、池の側で美しく着飾った娘を遠くから眺めていました。
突然男は目を閉じ、娘への想いを心で語りました。
もう娘の姿を見ることが最後かもしれないとゆうのに。。。
するとどうでしょう。娘は男の存在に気付いたのです。
しかし娘は取り乱すことはありませんでした。
男が念じた愛の言葉を受け取ったかのように娘もまた目を閉じ、
手にしていた鯉のエサ(豆)を池に向かって放りました。

豆のまかれる池の音は軽やかな雨垂れのように、そしてどこか寂し気に庭内に響きわたり、音とともに受け取った娘の想いを胸に男は何も言わずそのまま紫禁城を後にしました。男は村に戻ることもなく紫禁城の都からも姿を消し、遠く行商の旅を続けたそうです。

その後、その淡い恋物語は紫禁城で語られるようになり、
会うことを許された日、すなわち恋人の永遠の別れの日を「切分」として催されるようになったという。

「切分」の催しは遠く日本にも伝えられ、
男人(おにん)は外、宦官である不具(ふぐ)者は内にとゆう紫禁城内の厳しい戒律を唱ったかけ声は「鬼は外・福は内」に転じ、切分とゆう名称も季節の変わり目にあったことから「節分」と呼ぶようになったそうです。



。。。ウソです。

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